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札幌高等裁判所 昭和25年(ネ)91号 判決 1950年12月25日

控訴人 札幌市議会

訴訟代理人 斎藤忠雄 外一名

被控訴人 前田太郎

訴訟代理人 沢木国衛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、第一、本件被控訴人の請求は不適法で却下さるべきものである。被控訴人の請求は本件除名泱議を違法であると主張しその取消を求めるにあることはその主張自体に徴しまことに明らかである。そうして違法の行政処分の取消を求める訴訟手続は行政事件訴訟特例法によるべきものであつて、普通地方公共団体の決議機関たる議会の決議が違法である場合もまた同法によりその取消又は変更を訴及しうるものであつて、他に準拠すべき法令がないと信ずる。そうして本件除名決議がその手続、方法において違法のないことは、被控訴人においてその主張がないから、また全書証及び関係人の陳述に徴しても、これを肯定するのに十分であつて要は決議自体が相当であるか不当であるかに帰する。控訴人札幌市議会は地方自治法によつて紀律保護のため与えられたその所属議員に対する懲罰権に基いて被控訴人を懲罰したものであるから、不当決議の取消を訴及する法令の存しないこと上記のとおりである以上被控訴人の請求は法令によつて認めないものであつて不適法である。第二、仮に被控訴人の請求が不適法でないとしても(一)控訴人は原審以来主張している抗弁を維持する。(二)控訴人は以上の外行政事件訴訟特例法第十一条により原判決を取消し被控訴人の請求を棄却せらるべきものと主張する。即ち一、本件除名処分は被控訴人札幌市議会の紀律に関する事柄であつて前敍被控訴人札幌市議会の有する所属議員被控訴人に対して行つた懲罰権の行使に関する内部関係の性格を有するものである。二、被控訴人が従来行つて来た幾多の行為は南四条線に関する札幌市行政の運営を議会の内外を通じて妨害し、しかも今日において依然反省自粛することがない事態であるから札幌市民への奉仕者として札幌市議会議員の責務と名誉を弁じないこと甚しいものであつて右は札幌市民に徹している明白な事実である。だから被控訴人が再び議席を得るに至つたとすれば札幌市民は議員の地位に信頼を失い、また札幌市政の円滑な運営を阻害することが必至であつて札幌市民の福祉を裏切るものといわざるをえないと述べ、被控訴代理人において、右追加抗弁は何れも理由がないと述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

立証として、被控訴代理人は、甲第一二号証、同第三号証の一乃至三、同第四号証の一、二、同第五、六号証、同第七号証の一乃至四、同第八号証、同第九号証の一、二、同第十、十一号証を提出し乙第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証の一乃至十、同第五号証の一、二、同第八号証の一乃至二十九の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と答え同第一号証及び同第三号証の一を利益に援用した。同じく控訴代理人は、乙第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証の一乃至十、同第五号証の一、二、同第六号証の一乃至七十六、同第七号証の一乃至十二、同第八号証の一乃至二十九を提出し、原審被控訴人代理者本人訊問の結果及び当審証人武田忠幸の証言を援用し、甲第一号証、同第三号証の一乃至三、同第四号証の一、二、同第五、六号証、同第九号証の二、同第十号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

まづ本訴の適否について判断するに、被控訴人は、本訴請求の趣旨として控訴人札幌市議会が昭和二十四年十月十日なした被控訴人を除名する旨の議決を取消すとの判決を求めるものであつて、その請求原因として、被控訴人は昭和二十二年五月以来控訴議会の議員であるところ、控訴議会は昭和二十四年十月十日の第六回臨時議会で被控訴人が地方自治法第百三十二条の規定に違反したとの理由で被控訴人を除名する旨の決議をしたが控訴議会が被控訴人を除名するに至つたのは、右第六回臨時議会で市道南四条線の幅員変更及び南一条線の認定変更並びに白石二号線の区域について審議の際に、被控訴人は「右南四条線の幅員については昨年八月市会議員斎藤忠雄外十二名の紹介により渡辺豊外五十八名からこれを三十六米にしてもらいたい旨の請願があり、工営常任委員会は現地の調査までなし数回にわたり検討の結果右の請願を採択し控訴議会もまた昨年十一月十五日定例会議で多数議員の賛同を以てこれを採択することに決定したのである。その採択の理由については当時の長沢工営常任委員長の報告並びに控訴議会における討論において殆んど言いつくされていることは未だ記憶に新しいことであるから改めて詳しいことは申上げないが三十六米とする十分な根拠もあり、これによつて札幌市の受ける利益の諸点も当時の議事録に明かなことである。苟くも札幌市百年の大計をも十分考慮して四十五米の幅員は必要なしとして控訴議会において議決したものであるに拘らず天下り式に四十五米の幅員を強要して来たのである。これに対して一言半句の反駁も加えることなく非協力に御無理御尤もの態度をとることは全く市民に対して申訳ないことであり、議会の無能振りを余りにも暴露するものと考える。かかる場合こそ市民の公僕としての我々の使命を全うするためこの四十五米の幅員を認定することなく三十六米と認定のうえ関係機関には本議会の名において強力に折衝することが、至当である一との発言をしたところ、控訴議会の議長は被控訴人の発言中の「天下り式に四十五米を強要したものである。」「これに対して一言半句も反駁を加えることなく非協力に御無理御尤もの態度をとつているのは市民に申訳ないことであります。」及び「議会の無能を暴露するものであります。」との言をとらえて無礼の言葉であつて議員を侮辱したものであり且つ議会の威信を失墜したとの理由で即日被控訴人に対する懲罰処分を求めてこれを懲罰特別委員会に付託して審査させ控訴議会は右審査の結果に基いて被控訴人の右発言を地方自治法第百三十二条に違反するものとして被控訴人を除名する旨を議決した。しかしながら控訴議会の指摘する右の用語は卑浴ではあるが事実を直言したまでのもので社会通念上決して無礼な言葉でもなく敢て議員を侮辱し控訴議会の威信を失墜させるものでもないから、右除名の議決は懲罰規定を濫用して反対意見を唱えるものを強いて排除し正当な言論を圧迫しようとして不当に法令を適用した違法のものである。と主張するものであつて、その請求自体に徴し行政処分が違法であることを理由としてその取消を求める訴に外ならないことが明らかであるから、本訴はもとより適法であつて、これを不適法として却下すべきことを主張する控訴人の抗弁は理由がない。

よつて進んで本案について判断する。

被控訴人が控訴議会の議員であつて、控訴議会が昭和二十四年十月十日第六回臨時議会で「市道の幅員及び認定の変更並びに区域の決定の件」と題する市道南四条線の幅員変更等に関する諮問について審議の際、議長は被控訴人の発言中に無礼な言葉があつたとして懲罰処分を求め、控訴議会は懲罰特別委員会の審議を終た上被控訴人が地方自治法第百三十二条に違反したものとしてその除名決議をした事実は当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証によると、被控訴人のした発言の内容が被控訴人主張の通りであつた事実が認められ、なお右懲罰の理由が被控訴人の右発言中の「天下り式に四十五米を強要したものである。」「これに対して一言半句も対策を加えることなく非協力に御無理御尤もの態度をとつているのは市民に申訳ないことであります。」「議会の無能を暴露するものであります。」との語が地方自治法第百三十二条にいう無礼の言葉に該当するものであるというにある事実は当事者間に争がない。また控訴議会が昭和二十四年九月三日の第五回定例議会において被控訴人に対し、被控訴人は札幌市南四条疎開跡地整備事業の推捗を妨害する行為をして来たものとし右阻害行為により札幌市政の円満な運営に支障を来し市民に疑惑を抱かしめるのを遺憾として被控訴人にその反省を促す勧告決議をした事実は成立に争のない乙第一号証及び甲第四号証の一、二によつて認めることができ、控訴議会がその旨を記載した勧告書を同月五日被控訴人に送付し、被控訴人が右勧告書を受領したけれども前記臨時議会で右勧告に対し「答弁の必要はない。」と答えた事実は当事者間に争がなく、控訴議会が、右発言もまた同条にいう無礼の言葉に該当するものとして、右懲罰の理由に加えた事実は乙第二号証によつてこれを認めることができる。

おもうに、地方自治法第百三十四条第一項は、普通地方公共団体の議会はこの法律及び会議規則に違反した議員に対し議決により懲罰を科することができる旨を規定し、同法第百三十二条は、普通公共団体の議会においては議員は無礼の言葉を使用し又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない旨を規定しているので、普通公共団体の議会において無礼の言葉を使用した議員に対し議決により懲罰を科しうることは明らかであり、従つてその懲罰処分の適法なことはいうまでもない。もつとも、同法第百三十五条第一項によると、懲罰は、公開の議場における戒告、公開の議場における陳謝、一定期間の出席停止及び除名の四種に分たれているのであるが、そのいずれの懲罰を科するかは議会の裁量に属することであつて、たゞ除名を科するには、その議決の方法について、同法第百十六条第一項の原則によらず、第百三十五条の特則によらなければならないが、この議決の方法に違反しない限り、議会のした除名処分には違法の問題を生せず、従つて裁判所はその除名処分が著しく過重であることを理由としてこれを取消すことができないものといわなければならない。しかし、ここに同条の適用について考うべきことは、議員が果してどんな発言をしたかを確定することは、事実問題であつて、裁判所は、当事者間に争のある限り証拠によつてこれを認定するものであるが、その認定にかかる発言が果して同条にいう無礼の言葉を使用したことに該当するかどうかは、法律問題であつて、その発言が客観的に判断して無礼の言葉であると解しえない限り、たとえ議会がこれを主観的に無礼の言葉であると解して懲罰を科したとしても、右懲罰処分は違法の処分として取消を免れないものである。被控訴人の控訴議会における発言は前認定のとおりであるが、この発言中の係争の言葉が同条にいう無礼の言葉に該当するか否かを判断するについて、特に注意を要することは、議員の議会における言論の自由の尊重ということである。言論の自由は日本国憲法の厳に保障するところであるが、とりわけ普通公共団体の議員はその住民の代表として選挙せられ議会において言論をすることをその重要な職務とするものであつて、その言論については、他人の私生活にわたるものを除き、十分にその意を尽し民意を反映せしめなければならない。ゆえに、その発言を無礼の言葉であるとして議員に懲罰を科するには慎重の考慮を要するのであつて、若しかようの懲罰権が濫用されるならば議員の言論はやがて自由を失い、かえつて議会の使命の達成を阻む結果を招来するのである。さらに同条の適用について、なお注意を加えると、同条は、もつぱら議員の議会における発言のみに依拠して、それが無礼の言葉であるかどうかを判断すべきものであつて、その議員の議会外における行動は、その発言の意味を正確につかむためこれを考慮に入れるのは格別、その行動自体を斟酌してこれを決することは同条の趣旨に反するものである。なお、同条にいう無礼の言葉を解するのに社交上の儀礼を標準としてはならない。かようの儀礼に反する言葉をすべて無礼の言葉というならば、議員の言論の自由は著しく制約せられてしまうであろう。議員の発言が無礼の言葉であるといわれるには、議員が附議された事項(それは、もちろん普通公共団体に関する事件である。)についての意見や批判の発表に必要な限度を超えて議員その他の関係者の正常な感情を反撥する言葉であり、附議された事項について自己の意見を述べ又は他の議員等の意見等を批判するについて必要な発言である限り、たとえ、その措辞が痛烈であつて、これがために他の議員等の正常な感情を反撥しても、それは議員に許された言論によつて生ずるやむをえない結果であつて、これをもつて議員が同条にいう無礼の言葉を用いたものと解することはできないのである。

さて、以上の前提に立つて、被控訴人が控訴議会でした前記発言について、控訴議会が無礼の言葉であると主張することの当否を考究するに、

被控訴人の発言は前認定のとおり、札幌市道南四条線の幅員変更に関する諮問について審議する議会においてされたものであり、成立に争のない甲第十号証によると、南四条線の幅員が四十五米に変更されたのは、この諮問に対する議決をまつて初めて正式に確定した事実が明らかに認められるのであり、また南四条線の幅員については、昭和二十三年十一月十五日の控訴議会で、これを三十六米とされたい旨の一部市民の請願が二十六票対十五票の多数で採択の議決がされている事実は当事者間に争のないところであつて、被控訴人の発言は右請願の成立したことを強調し諮問案の審議について他の議員から、右請願採択の趣旨に反し、一言の質疑討論もなく、諮問案が可決されようとするの非を鳴らしたものに外ならず、控訴議会の指摘する諸々の言葉は、その措辞において痛烈ではあるが、被控訴人のこの意見を発表するに必要な程度を超えたものとはいい難く、従つてこれをもつて被控訴人が無礼の言葉を使用したものと解するのは失当であるのを免れない。また被控訴人が控訴議会から受けた勧告に対し答えた「答弁の必要はない。」という言葉はそれ自体決して無礼の言葉でないことは極めて明らかである。成立に争のない乙第一、二号証、同第四号証の一乃至十、甲第六、七号証、原審における控訴議会代表者本人の訊問及び当審証人武田忠幸の証言によると、控訴議会が被控訴人に対し右勧告書を送付した理由が原判決認定のとおりであり、その中被控訴人が法定の許可を受けずに建物や屋台を建築し、または市議会議員の地位を利用して水道を施設させたりして疎開跡地整理事業を妨害した行動は、議員として多大の反省を要することには相違ないけれども、かようの事実があるからといつて、これを被控訴人の議会においてした発言に結び付けて、前示発言を無礼の言葉であると解することが当を失することは、すでに説明したところによつて明らかである。

以上縷述するところにより、被控訴人が控訴議会においてした被控訴人が控訴議会においてした被控訴人主張の発言は、決して無礼の言葉でないにかかわらず、控訴議会がこれを無礼の言葉であると解し前示法条に違反するものとして被控訴人を除名する議決をした処分は到底違法であるを免れない。

控訴議会は、さらに、行政事件特例法第十一条によつて被控訴人の請求を棄却すべきものであると主張するけれども、前述のように、被控訴人に対する除名処分が違法である以上、これを取消して控訴議会の議員たる地位に復せしめるべきことは被控訴人を選挙した札幌市民の意思を尊重する上から当然であつて、被控訴人が再び議員たる地位に復することが公共福祉に適合しないものと認めるに足る証拠がないのでこの主張は採用しない。

そうすると、被控訴人主張の除名処分は、これを取消すべきものであり、原判決はその理由において不当であるけれども、被控訴人主張の除名処分を違法としてこれを取消したのは結局正当であることに帰する。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 藤田和夫 裁判官 臼居直道)

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